直感のその先へ 『無知の知』の活用

直感のその先へ 『無知の知』の活用

なんかびびっときちゃった!

もともと私は直感的・感覚的な人間で、

小さい頃は漫画家になりたかったほど、

絵をかくことが好きだったし、

イメージを形にする図画工作が好きな子供でした。

こうやって文章を書いたり、

しゃべっているところを聞いてもらうと

論理的にとられることもあるのですが、

インプットのしかたは感覚的。

表現が論理的なタイプだったりします。

感覚の世界を言語化するのが、

得意ですが

自分の行動や原動力は以外と直感的で

人や技術に対する直感はびびっとくるタイプです。

そんな世界観を持っていると不思議なもので、

出会う人もそういう人が多いんですよね。

直感重視。

感覚重視。

交わす言葉は少なくてもなんかわかりあった感じになる。

不思議ですがそんな直感と謎の確信あふれる出会いをすることが多いです。

ちょっと前に古くからそんな確信でつながっていると思っていた

姉のような母のような人から、私たち、実はお互いに確信というなに確認することを怠っていただけかもね、

と、そんなやりとりをしたこともありました。

確信というのも考えものですね笑

直感とはどんな感覚?

さて、こういったときに直感という感覚をどのように定義したらいいでしょうか。

これは頭で考える利害関係を越えた、

この人は信頼できる、できないといった肌感覚のようなもの。

感じる先は胸で感じる人もいたり、

肚で感じる人もいたり。

私たちの腸は脳とも連関しているとも言われ、

そーいう直感的な快と不快の感覚は

細菌のコロニーの状態とかも伴って、

頭を越えた感覚として感じる世界はあると思っています。

こういった感覚のしっかりしている人は芯が通っているということも言えます。

しかし、今日は感覚の世界を越えた、

その先のお話。

直感からゼロ感覚の時代へ

これからの時代、

それぞれがそれぞれの感覚に確信をもって生きられるようになること。

それは必須です。

そういった直感的な世界をもてること、

非常に大事です。

しかし、今の時代の現状を見たときに

価値観が多様化し、情報も大量になっていくなかで、

人と人との違いは違和感として映り、

ストレスを感じやすいポイントです。

一方で我慢を前提に付き合うこともできますが、

それはそれで大変ですし、

一方で各々が世界観を誇示し続ければ

お互いが分かり合うことや協力関係を組むときに問題がでてきます。

私が人間が分かり合えない原因を話すときに

例える話として、お互いの経験をジュースに例えて話します。

こちらが相手に自分の経験をプレゼントしたくても

相手のなかには相手の経験がある。

一方がコーヒーで、一方がオレンジジュースなら、

変な混ざりかたをしちゃいますよね。

お互いがそれぞれの経験のジュースを手放せない状態。

直感というものも、ジュースの一部です。

その人の経験プロセス、生命的な反応から紡ぎ出される直感。

鋭利な感覚であるからこそ、

時として自分を傷つけたり、相手を傷つけたりすることもあるかもしれません。

この直感力を道具にして最大に活用するためにも新しい感覚をインストールすることが必要とされる時代に来ています。

その新しい感覚とは

『ゼロ感覚』

経験からくる知っている世界をゼロにすることができる消ゴムの機能です。

ソクラテスが唱えた『無知の知』とはこの境地。

これをインストールすると

自分の経験値を手放せて

相手の世界を理解したり、

隙間が非常に生まれやすくなります。

個人的な体感としては

・余計な力が抜ける脱力。その境地にいってみて逆に今までよく力が入っていたことがわかります。

・その結果、人間関係で大分疲れなくなって人と話すことがワクワクしてきます

・自分の経験で話を聞くのではなく相手の話を聞けるようになります

・その結果、相手の話をポイントをつかんで整理することがしやすくなります。

・相手の経験を推測ではなく質問・確認できるので、ずれが少くなります。

・相手の話に被せるのではなく、十分に引っ張ってから、直感的な返しもできるので、こちらの言葉が通常よりも刺さりやすくなります

他にもストレスがなくなり循環がよくなったのか、体重が減ったり、

様々効果はありますがこんな感じです。

新しい機能を脳にインストールして、

新しい関係作りをしてみませんか?

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