無意識の偏見・アンコンシャスバイアスを生み出す大前提 その2

無意識の偏見・アンコンシャスバイアスを生み出す大前提 その2

アンコンシャスバイアスを生み出す大前提というテーマで記事を書いています。

前回は無意識の偏見と呼ばれるアンコンシャスバイアスについて

それを生み出す大前提はどこにあるのかという話をしてきました。

価値観の形成、感情的な結論、集団のなかで起きやすい人間の同調圧力など。

その原因には脳の機能があるということを話してきました。

私たちの心は機械的に繰り返す脳の反応のなか閉ざされており、

自分の持っているものさしを手放せない状態になっています。

個人や集団など、多岐に渡る要素を持つアンコンシャスバイアス。

これをシンプルに構造的に名前をつけるならば脳による部分認識に固定されていることで生まれます。

人間の脳は5感覚も情報の範囲が限定されていますし、

経験の範囲も限界がある。

この範囲のなかの情報を受け取る構造を部分認識と呼びます。

部分認識はどこから生まれたのか?

部分認識に固定されていることがアンコンシャスバイアスの原因であるならば、

部分認識を自由に扱うためには全体認識を獲得することが重要です。

部分認識の中にいる状態ではその感覚が絶対になるので、

基本的にその価値観が否定されれば不安も生まれますし、

それぞれの部分は完全に交わることはありませんので、本質的な孤独を持っています。

そのためには部分から外にでる必要があるのです。

部分の外に出たと思っても、入ったそこがまた違う部分であれば、

同じ現象が起きてしまいます。

完全に自由になるためには、部分が成り立たない世界へ行く必要があるのです。

それを言葉で言うならば、「全体」です。

部分が成り立たない全体とは何か?

全体をどのように定義するのか?

部分はどこから生まれたのか?

部分が成り立たないのであれば、部分と全体の関係はどのようになっているのか?

部分の誕生を説明できる全体が理解できたときに、

部分は実は実体ではないということが腑に落ちます。

これらのプロセスを通過し、部分認識の外へ出ることで固定を解除し、

逆にその外から大自由な心で楽しむ道具として部分認識を活用することができます。

僕が師として仰ぐNoh Jesuさんはこの全体をシンプルな数式で定義し、

誰もが全体認識を獲得できる認識技術を開発しました。

部分と全体、そして完全。この3つの関係性が整理できると、人間の心がいかにすごすぎるのかがよくわかります。

こんな境地になったとき、僕はアンコンシャスバイアスであるような小さな部分認識に人が固定されず、

お互いの違いを楽しむもの、違いをクリエイティブとして活かしあう社会が作られていくと確信しています。

ぜひ、今回の内容を知的好奇心が刺激される!と興奮できた稀有な方はnTechに触れてみてほしいと思っています。

この後半パートのところはだいぶ混乱させたかもしれません!w

もし興味のある方はお問合せ頂けたらできる限りの解説はさせて頂きます。

本日もお読みいただきありがとうございました!

perspective496@gmail.com